確率推論の基本

確率推論〈Probabilistic Reasoning〉は論理っちゃ論理だが、古典論理などとはだいぶ違う。大きな違いは含意命題がないことだろう。含意の代わりに“条件付き命題”がある。いまここでは、「命題」という言葉を曖昧なままにしている、含意命題と条件付き命題の区別が付かないが、形式化すれば:

  • 含意の論理結合子(記号は'⊃', '⇒')はない。したがって、含意結合子を含む論理式〈formula〉はない。
  • シーケントは構文的に存在する。シーケントも非形式的に“命題”と呼ぶならば、すべてのシーケントは条件付き命題と言える。

つまり、論理式のレベルでは含意はなく、シーケントがあり、シーケントは条件部〈仮定部〉を持つ。

論理式のデノテーションは述語で、デノテーション側の論理演算があるにはあるが、古典論理の法則が通用するとは限らない。つうか、あまり通用しない。

結合子 演算
min
man
¬ 1 - (-)
+ 制限和

so-called ファジー論理になる。述語のなかで、{0, 1}の値を取るものをシャープ述語と呼ぶ。シャープ述語は部分集合の指定関数〈indicating function〉になる。シャープ述語は、白黒ハッキリしているのでシャープ、所属性に曖昧さはない。

  • シャープ述語=古典述語=集合の指定関数≒集合=事象=σ代数の要素

台空間の一点に対応する述語を、

  • シングルトン述語、一点述語、根本述語〈elementary predicate〉

「根本述語」は根本事象〈elementary event〉に合わせたが、elementaryが誤解されそうだ。また「原子述語」も構文的な意味で「原子述語記号」があるからマズイ。singleton, one-point がいいだろう。

台空間(可測空間)上の確率測度を状態と呼ぶ。これは、量子論からの言葉。確率状態とか量子状態とかを単に状態と呼ぶ。台空間の一点に対応する状態はシングルトン状態、一点状態。測度としてはディラック測度。

  • シングルトン状態、一点状態、{ディラック | デルタ }{確率}?{測度 | 分布}

一点ではない状態は、一点状態の重ね合わ状態。純粋/混合はこれとは別な概念のようだ(いや、同じか?)。シングルトン状態はシャープな状態とも呼ぶ。すると、シャープな状態/シャープな述語(述語はメンバーシップ密度関数)が古典論理・素朴集合論に対応する。

シャープな状態は広がってないが、シャープな述語は(ボンヤリはしないが)広がる。広がってない述語(一点述語)を適当な状態で評価するとメンバーシップ度(メンバーシップ密度の積分)がゼロになるかもしれない。状態にボンヤリさはないが、述語に広がりはある。広がってない述語=シングルトン述語。広がってなくてもボンヤリかも知れない。シャープなシングルトン述語=ボンヤリしない(決定的な)一点集合。

  • {確率的}?状態: 存在位置が広がるかも知れない点。広がらないならシャープ。
  • {ファジー}?述語: 所属性がボンヤリするかも知れない集合。ボンヤリしないならシャープ。

状態/述語の概念は素朴集合論を拡張する。

素朴集合論 状態/述語
要素、点 状態
部分集合 述語
所属関係 妥当性値
二値真偽値 ファジー真偽値

状態αと述語pに対して、妥当性(の値)は次のように書く。

  1. α |= p
  2. p =| α
  3. <p | α>
  4. ∫p α(dx)

測度論的解釈は:

状態/述語 測度
状態 確率測度
述語 メンバーシップ可測関数
妥当性値 確率測度による積分
ファジー真偽値 メンバーシップ値

最も重要なことは条件命題が構文的にはシーケントで表現されること。p → q をシーケントとして、その意味は状態αごとに定義される。

  • 〚p → q〛α := (α|p |= q)

右辺に出現する α|p は、状態(測度)αのpによる条件付け〈conditioning〉。測度論的には、単に測度と関数を掛けたもの。

α|p は測度なので、事象Bに対する値で定義される。kは規格化因子。

  • (α|p)(B) := k∫(χB)・p α(dx) = k∫B 1 (pα)(dx)

条件付けは、述語が状態に作用することを意味する。述語で条件付けられて、状態は別な状態に変形される。条件付き命題=シーケント の評価・判断は、条件=仮定=前提により状態=確率分布を変形してから評価・判断する。

物理的な比喩

状態は、質点とは限らない物質で、質量が1のもの。あるいは、正規化された物質。質量密度が正規化されているので、質量密度は存在密度になる。別に全質量スカラーがあれば、物質は回復できるから、「物質=存在密度+全質量」で良い。全質量は有限な物質しか考えない。

一方で、述語は領域と考える。領域もその存在密度で指定できるが、正規化はしない。正規化しないので、積分値としての体積を持つ。体積無限の領域も許す。

メンバーシップ度は、(正規化された)物質と領域に関して定義される値。物質が領域にどの程度含まれるかを、0から1の値で表したもの。ディラック測度としての質点や、体積がゼロの領域などがあるので、古典的メンバーシップとは様相が違ってくる。

この状況設定で、確率変数は、決定性の(非確率的)点変換を与える。台空間の点を台空間の点へと決定性に移す。非確率的な関数を「確率変数」と呼ぶのはジョークだと思うしかない。

標準的 物理的 確率論的
台空間 配位空間 (色々)
位置 (色々)
状態 物質 確率分布
述語 ファジー領域 (なし)
シャープ状態 質点 ディラック測度
シャープ述語 シャープ領域 事象
妥当性値 物質の領域上での積分 条件付き期待値
決定性写像 点変換 確率変数
確率写像 拡散 条件付き確率

配位空間は解析力学の configuration space で、配位=coordination ではない。

物理的にも珍しいのはファジー領域とシャープ領域の区別だろう。規格化された物質の領域上での積分は、その物質がその領域にどの程度含まれているかの値だが、領域側がファジーである状況を考える。

標準用語法での状態の全体はジリィモナドになる。よって、物理用語での規格化物質の全体もジリィモナドになる。規格化されてない物質は、質量付きジリィモナド=有限分布モナドになる。物質モナド=質量付きジリィモナド=有限分布モナド