微分の代数的構造

代数的な導分〈derivation〉と解析的な微分の関係。

微分する=テーラー展開する」だ。n階(n回)までの微分の情報は、n次までのテーラー展開に完全に含まれる。だから、オラクル〈神託〉でテーラー展開がもらえれば、それはもう微分できたことになる。

問題は、テーラー展開の残余項だ。残余については、フレシェ微分の観点から 線形近似としての微分係数: フレシェ微分 - 檜山正幸のキマイラ飼育記 (はてなBlog) で説明している。残余はスモールオー関数であり、スモールオー関数は絶対値と極限で定義された。

代数的な観点では、絶対値(大小/遠近評価)と極限をそのまま使うのはうまくない。環や(環上の)加群の言葉で残余項を表現したい。結論を言えば、評価射の核イデアルの二乗(平方)を残余の集合として取る。イデアルの二乗がイデアルとは限らないから、残余集合は“非イデアル”な集合となる(かもしれない)。

内容:

追記:注意

修正が面倒だから、最初に注意として書いておく。

以下の、評価射εの核イデアルJの二乗JJは、ΣJJ と書いたほうがいい。ΣJJ の定義は、

  • f∈ΣJJ :⇔ 有限個の gi, hi∈J があって、f = Σigihi と書ける。

ΣJJは、集合JJから作られる加法群になっている。R-ベクトル空間でもある。

もっと限定的に、

  • 有限個の gi∈J があって、f = Σigixi と書ける。

でもいい、xiは射影πiのこと。つまり、fは、標準射影達からJ係数で張った空間。ベクトル空間ではあるが、Jが環ではないので、J-加群とは言えない? いや、一応かけ算で閉じているから部分環か。イデアルではあるけど、部分環でもある。J加群かつC(U)のイデアル。ΣJJをJの二乗イデアル(平方イデアル)と読んでもいいかも知れない。

ともかく、JJではなくてΣJJで考える。

導分の一般論

Kを体、AをK上の可換環(以下、単に環)とする。MはA-加群とするが、両側加群とみなして、Aによる左右乗法は一致する a・m = m・a とする。導分の集合は次のように定義する。

この定義ですべてではあるが、便宜上、DerKε(A, M) も定義しておく。ただし、

  • Bは環で、ε:A→B はK-線形な環準同型射
  • MはB-加群

このとき、

ε-ライプニッツ法則は、

  • X(ab) = X(a)・ε(b) + ε(a)・X(b)

εによりMはA加群とみなせる。a∈A によるスカラー乗法は、a*m := ε(a)・m 、これを使えばε-ライプニッツ法則は、

  • X(ab) = X(a)*b + a*X(b)

となり、通常のライプニッツ法則。つまり、

  • DerKε(A, M) = DerK(A, ε*M)

ここで、ε*M は、B-加群Mの係数環をAに(εで)変更したA-加群

ε:A→B は任意の環準同型射を使えるが、後で出てくる特殊な例を考慮して、評価射と呼ぶ。

[追記]κが一点でのほんとの評価写像で、M = R as R-加群 であるときの導分を特に点導分〈point-derivation〉と呼ぶ。[/追記]

ユークリッド空間でのなめらかな関数

A = C(U), B = R の状況を考える。ここで、

  • UはRnの開集合で、0∈U
  • ε:C(U)→R は、f \mapsto f(0)

X∈DerRε(C(U), R) であるとき、Xは、通常の偏微分係数のR-線形結合で書けることを示す。

微積分の知識から、C(U) が次の分解を持つことは分かる。

  • C(U) \stackrel{\sim}{=} 1R\oplusL\oplusR

ここで:

  1. 1R は、C(U) の単位元1の実定数倍である関数の全体からなる1次元ベクトル空間。
  2. Lは、射影関数 πi:Rn⊇U→R 達から生成されるn次元自由ベクトル空間 L = R1, ..., πn] 。
  3. Rは残余=スモールオー関数からなる無限次元ベクトル空間。

1R\oplusL は、(1 + n)次元ベクトル空間で、アフィン線形関数からなる空間で、標準基底 {1, π1, ..., πn} を持つ。残余関数の空間Rは、アフィン線形関数の空間の補ベクトル空間になる。

ベクトル空間Rは、絶対値/不等号/極限で定義されるので、代数的に扱えない。ここで使うトリックは、

Jは、評価射εの核イデアルである。

  • J := Ker(ε) ⊆ C(U)

JJは、Jに入る関数2つの積で書ける関数の全体を表す。

  • 1R∩JJ = {0}
  • L∩JJ = {0}

を示せれば、R = JJ となり、次の分解が得られる。

  • C(U) \stackrel{\sim}{=} 1R\oplusL\oplusJJ

ここらは、微積分の細かい議論をするしかない。この分解が得られたとして、代数的フレシェ/テイラー分解〈algebraic Fréchet-Taylor decomposition〉と呼ぶことにする。

導分の偏微分係数による表示

Rベクトル空間・可換環であるC(U)の代数的フレシェ・テイラー分解と、それに対応する1次のテイラー展開 f = a01 + Σaiπi + g1g2 があるならば、次の定理は単なる計算で示せる。

X∈DerRε(C, R) に対して、実数 ξ1, ..., ξn があり、次のように書ける。

  •  X = \sum_{i=0}^n \xi_i (\frac{\partial}{\partial x_i}|_0)

さらに、

  •  \xi_i = X(\pi_i)

よって、

  •  X = \sum_{i=0}^n X(\pi_i) (\frac{\partial}{\partial x_i}|_0)

これを導くとき、次を使う。

  • X(1) = 0
  • g = g1g2 ∈JJ ならば、X(g) = 0

代数的テイラー展開 f = a01 + Σaiπi + g1g1 にXを作用させると、

  • X(f) = 0 + ΣaiX(πi) + 0

となるので、

  • X(f) = Σξiai

これに、 a_i = (\frac{\partial}{\partial x_i}|_0)f = \frac{\partial f}{\partial x_i}(0) を代入すればよい。

記法

 射影の番号を上に書いて πi とする。偏微分作用素 \(\frac{\partial }{\partial x_i}\) を ∂i と下付きの番号で書く。変数xはなくなる。

この記法で書くと:

  • \(X = \sum_{i=1}^n \xi^i \partial_i \)
  • \( X = \sum_{i=1}^n X(\pi^i) \partial_i \)
  • \( X = \sum_{i=1}^n d\pi^i(X) \partial_i \)
  • \( X = \sum_{i=1}^n D_X( \pi^i ) \partial_i \)

感想

キモは、可換環の代数的フレシェ/テイラー分解。代数的と言えるのは、絶対値/不等号/極限を排除して、評価射の核イデアルJを利用して R = JJ と書けていること。

一点での導分が(評価付き)偏微分作用素の実線形結合で書けることから、

  • DerRε(C(U), R) \stackrel{\sim}{=} Rn

が、標準フレーム付きで言える(同型は標準的である)。これで、ユークリッド空間での局所理論が出来たから、それを使って多様体での一点の近傍Uにおいて:

  • DerRε(C(U), R) \stackrel{\sim}{=} TaM

が示せる。

イデアルの累乗を残余空間にするフレシェ/テイラー分解を、もっと徹底的に使えないのかな? 圏全体に代数的微分を適用できないか?